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- 富士山と西湖の歴史
富士山と西湖には、様々なつながりがございます。
自然に恵まれた西湖の魅力をたっぷりご紹介します。
あなたもきっと、西湖を好きになれます。
湖の水は、ほとんど湧水ズら。富士山や十二ヶ岳に降った雨は地面を流れず、土にしみ込んで地下水となって湖底に湧き出すズら。西湖の湖面をよーく見ていると、不思議な一定の水面の動きがあるから、良く見てくれズら!!
西湖は標高904m 表面積2.3K㎡ 最大水深76m 最大透明度11.5m
水は淡い藍色ズら。水深は富士五湖で2番目。日本で16番目の深さズら。
透明度の高さは湧水の多さや水深の深さ、水を守るため、皆でモーターボートや釣りにおいての禁止事項を徹底して取り組んだ成果ズら!!湖畔の道路から水面見下ろすと深さや水の中の様子がよーくわかるズら。
西湖には水中にも水辺にも様々な生物がいるズら。
水辺には、鳥がたくさん集まるズら。時期によって大きな渡り鳥も飛来いするズら。
水中では、綺麗な湧水があるエリアは≪フジマリモ≫の群生地に、浅瀬には、タニシや藻エビ・ゲンゴロウ、時期によってはオイカワ・ウグイ・コイ。ワカサギの大群も見れるズら。
少し深い所へ行くと、釣り人の憧れヒメマスや、ヘラブナ・ブッラックバス。そして話題になった幻のクニマスが生息するズら。波が静かな朝一番は湖面を揺らすたくさんの生物に会えるズら。運が良ければ、大きな亀や、サンショウウオみたいな奴にも会えるズら。
西湖の歴史について触れるズら。古くは西ノ海「にしのうみ」と呼ばれていたズら。集落は西の根場地区、東の西湖地区(渡船場とも言われる)に別れていたけれど、昭和42年の26号台風による水害により、共に一部の住民は南岸に移住したズら。特に被害が大きかった西の根場地区は現在、いやしの里根場という形で、当時日本で一番美しいと言われた、のどかな茅葺集落を復活させているズら。 いやしの里には、当時の暮らしや災害の事を教えてくれるお年寄りの方もいらっしゃるズら。
簡単に西湖の近年史を振り返るズら。
| 1966年(昭和41年)9月25日 | 台風26号の豪雨により土砂流災害が起こる。根場・西湖地区で大きな被害 |
|---|---|
| 1967年(昭和42年)9月25日 | 根場・西湖地区で慰霊祭がとり行われる。両地区は何度も話し合い集団移転することを決意。多くの方が裸一貫で再出発を図るこれまでの養蚕・林業・酪農から、恵まれた自然環境を活かした民宿村をスタートさせる |
| 1981年(昭和56年)7月 | 湖中から県内最大にして最古の丸木舟が発見される。全長11m中世紀のもの。 |
| 1991年(平成3年)10月10日 | 西湖以上増水この年の夏の雨により富士五湖どの湖も水位が増し西湖では道路冠水・床下浸水が相次いだ。 ※現在は放水路が整備された為、増水の心配は無くなった。 |
| 2006年(平成18年)7月15日 | 西湖いやしの里根場オープン。かつて、日本一美しいと言われた集落が、蘇る。 |
| 2010年(平成22年)12月15日 | 絶滅種リストに載っていた日本固有の魚「クニマス」が70年振りに発見される。 |
神秘な湖、西湖は、まだまだ魅力いっぱいズら。
これからも西湖の素晴らしさを沢山伝えていくズら。
また、この環境をいつまでも守るズら 今日も西湖よありがとう…ズら!!














































